2024年5月25日(土)、版画家の早川佳歩さんが主催する「街拓(まちたく)」というワークショップについて、その魅力と発見についてお話をうかがいました。
「街拓」とは、街にある看板やマンホールなどの凸凹を、薄紙の上から鉛筆でこすって写しとる活動です。
インスタグラム @_machi_taku_
歩きまわってアクティブに町を見るという活動は、〈ラボラトリ文鳥〉も大切にしてきました。もちろん「街拓」は、民俗学で行うフィールドワークやインタビュー調査とは大きく違いますし、風景写真や映像撮影とも違います。でも、凸凹を紙のうえに浮き彫りにするという「街拓」の方法を通して、これまで実践してきた活動を捉え直し、新たなインスピレーションをもらうことができました。

「街拓」のルールいろいろ
「街拓」に繰り出すとき、共通のルールはさまざまに設定可能です。
特定の形に注目して「とにかくマルを集めよう」というルールだと、ゲーム性が増しそうです。薄紙(半紙)を大きいサイズで用意すれば、たった一枚のなかに街のあちこちの凸凹模様を集めてコラージュのようなものができあがります。「紙がいっぱいになるまでやる」というルールにすれば、どんな一枚を作ろうかと、紙ぜんたいのレイアウトを考えながら取り組むこともできます。色鉛筆を使い分ければ、カラフルな一枚ができあがります。
発見
これまでの発見も教えてもらいました。まず、見慣れた看板やマークは意外と大きい!遠くからもはっきり見えるようにするためには当たり前の工夫ですが、手に持てるサイズの薄紙を当てて、鉛筆を左右に走らせると、大きいせいで腕もかなり疲れます。
薄紙には半紙を使いますが、この半紙のサイズでは看板の一部しかカバーできないこともよくあります。半紙のサイズは、写真のフレームと同じで、風景を切り取ることができるサイズを意味しているわけです。
凸凹を写しとる「街拓」は、逆に言えば凸凹以外の情報は失われるということでもあります。「街拓」をやったあと、見えなかったものが見えるようになる一方で、見えていたものが見えなくなる感覚もあります。
街拓、その創造性と緊張感
早川さんとの会話のなかで、街との距離についてのお話が印象的でした。
どんなひとでもスマートフォンで写真を撮るようになり、同時に肖像権を守ることにも注意が払われるようになりました。写真を撮られるのとと街拓されるの、どちらがより抵抗感が湧くでしょうか。街拓は直接触れないとできないので、表札などは控えます。とても素敵なデザインがあっても、うずうずしながら我慢することも多いそうです。マンションのエンブレムや、窓のすりガラスも、うずうずするものが多いかもしれません。

老若男女、どんなひとでも楽しめそうな「街拓」ですが、最近の看板は凸凹がないものが増えているとのこと。
「街拓」でしか見えてこない風景の変化がありそうです。
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